小学生の頃に好きな女子から「〇〇君にこのチョコ渡しといて!」と言われてからバレンタインが大嫌いな貧乏人です。
タイトルに書きましたが2019年のバレンタインにもらったチョコレートを報告します。
2個でした!!!
ありがたいですよね。そして嬉しいです。こんな貧乏人でもチョコレートを貰うことが出来ました。
今回は誰からもらったのか。そして完全なる言い訳の貧乏人が思うバレンタインチョコの愛について語ろうと思います。
バレンタインの発祥
日本では、1958年ごろから流行した。ただし、その内容は日本独自の発展を遂げたものとなっている。戦前に来日した外国人によって一部行われ、第二次世界大戦後まもなく、流通業界や製菓業界によって販売促進のために普及が試みられたが、日本社会に定着したのは、1970年代後半であった。「女性が男性に対して、親愛の情を込めてチョコレートを贈与する」という「日本型バレンタインデー」の様式が成立したのもこのころであった。なお、バレンタインデーにチョコレートを渡すのがいいのではと最初に考案して実践したのは、一説に大田区の製菓会社メリーチョコレートカムパリーの原邦夫であるとされる。
しかし、原邦生が行ったとされるイベントは昭和33年であるのに対し、神戸のモロゾフ製菓が20年以上前の昭和11年2月12日に外国人向け英字新聞『ザ・ジャパン・アドバタイザー』に、「あなたのバレンタイン(=愛しい方)にチョコレートを贈りましょう」というコピーの広告を既に掲載しており、モロゾフ製菓がバレンタインチョコを最初に考案した仕掛け人であるとされる説が最有力である。
そして日本チョコレート・ココア協会によると、1992年に聖バレンタイン殉教の地イタリア・テルニ市から神戸市に愛の像が送られており、その理由は、神戸が日本のバレンタインデー発祥の地と分かったからとの事である。出典元:引用Wikipedia
とバレンタインの起源を言われております。
世間でも言われてるように、チョコレート業界の販売促進活動が起源な様な気もします。
ですが、そんな背景があろうと男性はバレンタインにチョコレートを貰えるのはメチャメチャ嬉しく感じるものです。
誰からもらったのか
恥じらいも感じず言います。チョコをくれたのはお母さんとバイト先のおばさんです!!
嬉しいですね^ ^
強がりじゃありません。心から喜んでます。異性としてチョコレートを欲しいなんて全く思ってません。身内と職場からもらってもチョコレートはチョコレートです。強がりじゃありません。
たた、一個くらいは同年代から欲しいと思いましたが、全然強がりじゃありません。ホントです。
バレンタインあるある?貰う側の注意点
貧乏人だけかもしれませんが勤務先やバイト先でチョコレートを貰う時って直接じゃなくて、デスクの上や自分のテリトリーに置かれるんですよね。
名前を書いてもらえれば分かりやすいのですが、あげる側は名前を書くのはいやらしく感じるのはとても良くわかります。
貧乏人が女性の立場でもそう思います。
バレンタイン当日、バイト先に行くと貧乏人のテリトリーにチョコレートがありました。
そして貧乏人はバイト先のお母さんから良くお土産や差し入れをよく頂きます。
ここで貧乏人は「お母さん、いつもありがとうございます。。」と感謝しながら、バイトが終わったらお礼の電話をしようと決めてました。
お昼前にバイト先のお母さんに電話し
「お母さん、いつもありがとうございます。
美味しくチョコレート頂きます!!」
「あぁ!!!それね、私じゃないの!
〇〇さんからですよ!!」
「。。。
すいませんでした!!」
と電話を切りました。
貧乏人、完全にやらかしました。
これじゃあ
「〇〇さんからはチョコもらったんですが、お母さんからは無いんですね。」
みたいにチョコレート乞いをするゴミクズ野郎に捉えられてしまいますw
バイト先のお母さんには改めて謝罪し、分かってもらえると思いますが
「そこまでしてチョコが欲しいか!?」
と思われても仕方ない感じでしたw
この現象、実は前の職場でもやってしまってたんですよねw
チョコレートを貰えた喜びで全く反省が出来てませんでした。。。
お母さんすいませんでした。。。
なので、貰う側の男性はだれから貰ったかしっかり把握しないとこの様な事態に陥りますし、ホワイトデーのお返しでも困る事になりますw
貧乏人が思うバレンタインチョコの愛とは
これは負け惜しみでも強がりでもなんでもないですが、バレンタインにチョコレートを貰えるのは身内でも先輩でも、恋愛に発展しない相手からもらえるのも嬉しいですね。
もちろん恋愛に発展する、好意のある女性からもらえれば尚嬉しさは跳ね上がります。
それに身内からだろうがおばさんだろうが、恋人だろうが、どんなチョコレートでも愛を感じますし愛に触れれます。
母親であれば家族愛を感じますし、バイトの先輩であれば義理チョコもしくは、社交辞令だとしても貧乏人の為に購入しに店舗へ出向いてくれた事に愛を感じます。
貧乏人の母親は毎年バレンタインになると貧乏人にチョコをくれました。
この歳になって感じるのはバレンタインのチョコだけじゃなくて、普段から心配してくれたり貧乏人の事を1番に考えてもらえる事に気付かされます。
毎年、バレンタインと誕生日には改めて愛されてると感じます。
チョコレートを渡さなかったら愛がない。と言うつもりは全くありませんし、バレンタインのチョコ文化は企業戦略だと言うことは分かってます。
文化だとしても「チョコレートを渡さないと、渡そう、渡したい。」そう思ってくれてる時点で愛を感じる貧乏人でした。
コメント
かっけー事いいますね!🤤🤤🤤
😎
完全なる強がりですけどね笑